+TOPICS
book_sn.jpg
Parabolic Garden展を中心に
まとめた作品集ができました
お問い合わせは
アートコートギャラリーまで

+開催中

+開催予定

+GOODS
Scenes of
Natural Powered Vehicle

ポストカード大の版画です。
5枚一組
Life-NPVのいる風景
お求めは
アートコートギャラリーまでどうぞ

KOKUFUMOBIL展カタログ
お問合せ→アートコートギャラリー

+OTHERS

ブログのレンタルサービス JUGEM
paperboy&co.
RSS 1.0
ATOM  0.3
+CONTACT
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
test
test
| - | 23:12 | comments(0) | - |
"Plants are smiling and happy"
photo-2.jpg
a photo from Mr.Axel Vervoordt.
| - | 00:25 | comments(12) | - |
Is-ness of the garden

Mr.Axel Vervoordt who is the host of the exhibition is a marvelous person.
While we stayed in Venice for work setting, it felt so.
One day we lost our way when we were going to Mr.Veroordt’s villa in Venice, trusting our memories.
We imagined and joked that the mansion might appear only when Axel was there.
He is a person who inspires us like that.
251730_129831733764403_100002127323487_225214_5634686_n.jpg
Photo:Miwa OHBA

One day after two weeks since the show began , I received an email from Michel at Fortuny.
He reported that Dichondra began to die in a circle.
I already  came back to Japan and his report made me  worried a bit.
I had a basic concept that I would leave it to nature in this show.
The death of the plant was the worst situation that I wanted to avoid.
I felt the responsibility as one of the artists who participate the exhibition.

Photo:Michel Soudée

However, the reaction of Axel was unexpected.
He said that it was "poetic" even though the plant weakened.
Afterwards moss and fungi grew up in the garden , but every single happening was discovery for him and he seemed to be full of joy.

"It becomes more and more interesting like a real landscape."

"Don't worry the evolution is part of the art."

He called the change that happened in this garden "evolution", and seemed to love all of this small world.
When we knew a cause of some death of the plant was the act of insects which crawled underground, and the "resident" was taken away by the good will of the gardener, it was shown clearly.

" As-it-is-ness !!!!"

He expressed the shock with quoted thought which means "accept things as they are".
His thought can be found in installation of the whole exhibition.
While viewing every floor of the exhibition, we will get “a healing” after we accept “a pain”
I learn from his behavior that what he really thinks so when I watch behavior of Axel.
DSC06923.JPG
Photo:Michel Soudée

I like to imagine that the thing which I made begins to spin a new story among the people who watched it.
And I wish that the garden keep to spin a story all the way while beloved by Axel.
While it continues its life with the eyes, love and care by the visitors and everyone concerned, I believe the garden will give them back something.

展覧会の主催者であるAxelさんは不思議な人である。
作品設置のためにベニスに滞在している間にもそれは感じられた。
ある日、記憶を頼りにAxelさんのベニスの別邸を探そうとした時、私たちは道に迷った。私たちは、Axelさんが居るときにしかその屋敷は出現しないのではないか?と冗談を言い合った。
そんな想像を掻き立てるひとである。

展示が始まって2週間が経過したある日、FortunyにいるMichelからメールを受け取った。せっかく芽を出したデコンドラが円形状に枯れ始めているというのだ。
すでに日本に戻っている私はちょっと心配になった。
私は今回の展示では、自然の成り行きにまかせるという基本姿勢を持っていた。
しかし、植物が死滅するというのは、望まざる最悪の事態だった。
私は展覧会に対して作者としての責任を感じた。

しかし、Axelさんの反応は意外なものだった。
植物が弱ることさえ「詩的」である。というものだった。
その後も苔や藻菌類の繁殖が起こったが、そのすべてが彼にとっては発見であり喜びであるかのようだった。

"本当の風景みたいにますます面白くなってるよ。"
"進化はアートの一部であって心配いらない。"

彼はこれらの庭に起こる変化を"進化"と呼び、この小さな世界の全てを愛しているようだった。それは後に、植物の一部の死滅の原因が地中を這う虫であると判り、その「住人」が庭師の善意によって連れ去られた時、明確に示された。

" As-it-is-ness !!!!"

彼は「あるがままに受け容れる」という思想を引用してそのショックを顕わにした。

彼の思想は展覧会の構成にもあらわれている。展覧会を見る私たちは「痛み」を受け容れた後に訪れる「癒し」を体感することができる。Axelさんの立ち振る舞いを見ていると、彼が本当にそう思っているのがわかる。

私は、自分が作ったものが、それを見た人の中で新しい物語を紡ぎ始めるのを想像するのが好きだ。
そして私は、その庭が、これからもずっとAxelさんに愛されながら物語を紡ぎ続けてほしいと願っている。
観に来てくれる人々や皆に愛され見守られながら営みを続ける庭は、その皆々に必ず何かを与えているだろうと思っているから。


 

| - | 19:15 | comments(3) | - |
Parabolic sensitivity


Photo:Michel Soudée

Half of the show period is going to be over at Parazzo Fortuny/Venice.
Michel Soudée reports to me about Attic Garden from far.
The flower of the family of Egg-plants bloomed among Dichondra on the soil which I had taken from a garden of Mr.Axel who is the host of the exhibition.
And then, "A guest" appeared in the garden unintentionally. No, the name called "the resident" may be good for him, that’s Michel said.
And hot summer has come over the garden, and there came a monsoon, and the savanna climate attacked the garden, however, it seems like a landscape in the real nature , thanks to an effort by Michel.
However, I am in Japan and really worried when I imagine that time for checkered happening in the garden.

Meanwhile, Suddenly Ms.Yagi of ARTCOURT Gallery brought a potted plant of Dichondra.
I decided to give a small vessel made of the parabola to Dichondra, just as same as the garden on the attic in Venice.

Photo:Miwa OHBA

Though hot summer continues in Japan, the small garden grows up in good condition while it is watched by everybody in the gallery. While I imagine the loving look on two gardens, which would be given by the people around them, I have begun to feel that  these two gardens are being connected somewhere.

This may resemble that various people do pray all in one for something at  various places.
Because these two parabolic antennas filled with soil, the electric wave is not received. However, I thought that the heart of the people who have yearned for the garden might communicate through the gardens which are growing up there.


Parazzo Fortuny/Veneziaの展示も会期の半分を迎えようとしている。
遠く離れた地のAttic Gardenの様子はMichel Soudeeが知らせてくれる。
展覧会の主催者であるMr.Axelの庭から頂いた土からはデコンドラに混ざってナスビの仲間が花を咲かせ、図らずもその庭にはゲストが出現した。
いや、Michelが言うように彼には「住人」という呼び名がふさわしいのかもしれない。 そして庭の上にも暑い夏が訪れ、モンスーン気候があり、サバンナ気候も庭を襲ったが、Michelの努力によって今や自然の風景のようになりつつある。
しかし、日本にいて、その庭に起こっている波乱の時間を思うと気が気ではない。

そんな中、アートコートの八木さんが突然デコンドラの鉢植えを持ってきた。
私はそのデコンドラにもベネツィアの屋根裏の庭と同じパラボラ型の小さな器を用意することにした。
日本でも暑い夏が続いているけれど、その小さな庭はギャラリーの皆に見守られながら健やかに育っている。
そのふたつの庭にそそがれるそれぞれの眼差しを想像するうち、私はいつのまにか、このふたつの庭がどこかで繋がっているように感じ始めた。

これは、いろいろな場所で、いろいろな人が、何かに向かって、何かについて祈りをひとつにすることに似ているのかもしれない。
このふたつのパラボラアンテナには土が入っていて電波は受けられないけれども、そこにできた庭を介して、その庭を想う人の心が交信し合えるかもしれない。と思った。

| - | 22:09 | comments(2) | - |
TRA-EDGE OF BECOMING - Venice Biennale 2011

投稿者:ikonotv

ヴェネツィアでの展示がYouTubeで公開されていました。
多くの展示の中から抜粋されていると思うと素直に嬉しい。
| - | 00:21 | comments(1) | - |
Attic Garden in Palazzo Fortuny
ko_0062_a.jpg
Photo:Miwa Ohba

空港からバスでローマ広場に着いて、そこから橋を渡れば、もうそこは舟だけの世界だった。言わずと知れたゴンドラ、そしてバス、タクシーはもちろん、クレーン、ゴミ回収、配送トラック、若いカップルがウーファーを仕込んで大音量で流しているのも、イキがって暴走しているのもすべてが舟なのだ。

現実的に市内の路地が車輪のついた乗り物に適していないということと、そもそも観光都市であるという事情があるにせよ、たった、このローマ広場からの橋の数本で、この100年にもわたって文明の代表的牽引役として闊歩している自動車の進入を拒み続けることができるものなのだと、あらためて感心させられる。時間が止まっているわけではない。日常生活でのどんな問題があるのかは知らないが、ここでは重い荷物や人を運ぶのにも、彼女をデートに誘うのにも舟が便利だ。という以外にはない。おそらく、砂漠ではラクダが、あるいはゾウが、ヤクが、といったものがそれぞれに最も便利な環境が存在するのだろう。

その環境に合った生き方をする。ということの意味を、この状況のなかで多くのひとが考えるようになっていると思う。それが、そこにすでに交通の基盤として存在した東京や大阪の河を埋めてしまう前に気付いていればまた違う未来があったのだろうと思った。

15世紀に建てられたというこの建物の中でも、この「屋根裏の庭(Attic Garden)」では新しい生が砂の粒を押し上げながら次々と顔を見せている。その愛らしい姿に、訪れる人々は顔をほころばせて「Beautiful」と口にする。まさにその瞬間はまぎれもなく尊く、そこに立ち会えているということで、無限の可能性に向けて開かれた未来を見ているように思えるのかもしれない。

しかし、「未来」はその瞬間だけそこにあり続けるわけではない。この、屋根裏に切り取られた庭の上にも時間は流れている。一瞬の煌めきのようなものは見えにくくなるかもしれない。むしろ、その眠りから覚めた生命自体は、生まれた時点から終焉に向かって進み始めているとさえ言えるのだ。今回の半年にもわたる展示では、ここに切り取られた時間にこそ、個体の終焉に続く未来を感じ取ることができればと思う。そして、このAttic Gardenの土には主催者のAxel Vervoordtさんのベニス別邸のお庭の土を使わせていただいている。一見なんの変哲もない土には、終焉を向かえる生が未来に向けて落とした種が含まれている。と、私は信じている。

私は、残念ながら現在発芽している生命や、そこに眠っている種たちがどんな時間を歩むことになるのか、傍にいて逐一観察することができない。以前の館林美術館の展示での松下さんのように、責任者であるFrancescaや若いMichelやSaraが、あの屋根裏の、そしてそこに切り取られた世界の環境がどんなものなのか、慎重に見つめ、注意深く嗅ぎ取りながら、その時間を共にしていてくれたらと思う。

展覧会 TRA  : EDGE OF BECOMING は今年11月27日まで開催しています。
会場Palazzo Fortunyへは最寄の水上バス停では1番線Sant'Angelo、またはRialt橋、Accademia橋からも歩いて行ける距離です。火曜日休館・午前10時〜午後6時まで。
| - | 20:03 | comments(2) | - |
Parabolic Garden の旅
kokufu_cover_s.jpg
ARTCOURT GalleryでのParabolic Garden展(2010)を中心に、最近の制作や考えをまとめた本が出来ました。

ひとが屋根の下に暮らすのは、そこにもたらされるその恵みが、雨が、その陽射しが、ときとして私たちには強すぎるからだ。
屋根というものが、神様の、そのきまぐれとも思える営為を受け容れながら、その元に慎ましく日々を送るための象徴的な存在のように思える。
一見、その、降りつけるものから逃れているようであっても、そこから漏れ落ちる雫でさえ、余さず生命への恵みであることを、私たちはそれでも、わからなければならないというのか。

そんなことを考えながら、ヴェネツィアのとある屋敷の屋根裏に潜んできます。
TRA   EDGE OF BECOMING
at Palazzo Fortuny
June 4 - November 27, 2011 


| - | 12:04 | comments(4) | - |
Garden under the Tracks
IMG_4127.jpg
そう 僕たちはずっと一緒にやってきたはずなのに
僕は あなたのことがわからなくなったんだ

それは あなたが変わったからでもなく
世界が変わったからでもない

僕が ブリキのキコリのように心を失ってしまったからだ
僕がうわついた夢を見ている間に 僕の身体は機械に置き換わってしまった

あなたの上にふりそそいでいるのは 天の恵みなんかじゃない
あなたを見ているのは ただの機械なんだよ

そして僕は 多くを語らないあなたを目の前にして
あなたが何を望んでいるのかまったくわからず うろたえる

心を失くしたのに うろたえる なんておかしいけれど
僕には ただひとつだけの願いがある

あなたとわかりあえるだけの 心がほしい
 
| - | 23:46 | comments(8) | - |
春のうた
RIMG0273.jpg
僕らはゆっくりと
風の冷たさの中に春の日差しの光の粒子を探すように
ほんとうにゆっくりと歩いた
どこかに置き去りにされた荷物の重さなんて
考える必要がなかった
少なくとも僕には
それまでのすべては その一瞬間のためだけに存在した
と 思い込むことさえできれば それだけでよかった

| - | 10:20 | comments(2) | - |
Parabolic Gardenの旅

parabolic_garden_4.jpg
この世界に元に戻せるものなんてあるわけないじゃないか
タイムマシンでもないかぎり


| drawings | 00:26 | comments(2) | - |